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あなたが世界を変える日


「あとがき」から抜粋

  「私の話にはウラもオモテもありません」、居並ぶ世界のリーダーたちを前に12歳のセヴァンはこう話し始めました。場所はブラジルのリオデジャネイロで行われた世界環境サミット、1992年6月11日のことです。

 それからわずか6分のスピーチが世界を、たしかに、変えることになりました。リーダーたちは立ち上がってセヴァンを祝福します。涙を流しながらそれをぬぐおうともしない人たち。ロシアの大統領ゴルバチョフが、後にアメリカの副大統領になるゴアがかけよって、サミットで一番すばらしいスピーチだったとほめたたえます。

 その場にいた人々の心をつかんだセヴァンのことばは、その後、活字となって、映像となって、世界中をかけめぐります。

 そしてあれから10年以上たった今、日本に住んでいるあなたが、この本を手にとって同じことばに耳をかたむけています。そうして、目には見えないくらいに少しづつではあるけれど、やっぱり、世界はたしかに変わっていきます。彼女のことばが特別な力を秘めているのはたぶん、それが「ウラもオモテもない」ことばだからでしょう。その一方で、世の中にはうらおもてのあることばがみちみちている。

 大人になるということは、ウラとオモテのあることばをうまく使えるようになることだと思われているようです。どうして世の中にはこんなに不正や不公平がみちているんだろう。子どもにそれをきかれると、おとなは「おまえも、おとなになればわかるさ」と答えます。戦争はなくならないし、地球環境問題はますます深刻になっている。

 たぶんセヴァンのいったとおり、本当のことが、あたりまえのことがわからないでいるのは、子どもではなくおとなたちのほうなのです。子どもに問いつめられると、おとなは「しかたなかったんだ」とか「おまえの思うほど世の中はかんたんにできてないんだ」とかといいます。

 何がどうしかたなかったのでしょうか。お父さんが子どもと遊ぶ時間がないのは、仕事のため。仕事は生活のため、お金のため。そして「おまえたち子どもの未来のため」。今もおとなたちの多くが、経済のためには環境問題や戦争がおこるのもしかたがない、と思っています。

 セヴァンのように、私たちもあなたも、「しかたのないこと」がほんとうにしかたのないことなのかを、ひとつひとつ問いなおしていきましょう。川辺や海辺がすべてコンクリートでかためられるのはしかたのないことなのか。ゴミがふえつづけ、森がきり開かれ、虫や動物がすがたをけし、アレルギーがふえ、空気が汚れ、水が飲めなくなるのは、しかたのないことなのか。子どもの遊ぶ時間が少なくなり、おとなが働きすぎで病気になるのは、ほんとうにしかたのないことなのか、と。セヴァンは特別な子です。でもそれは彼女があたりまえのことを、ウラオモテのないことばであたりまえだといい、すなおに実行したという意味で、特別なだけです。

 セヴァンは遊ぶことと楽しむことが大好きな女の子です。特に自然の中でのキャンプ、山のぼり、魚つり、ハイキング、ボート、カヌー、カヤック、スキー、スノボ、サイクリング。彼女にとって、環境運動とは決してやりたいことをがまんしたり、楽しいことをしないですませることではありません。むしろ自分がすきなこと、ホッとすること、楽しいと思うことの中にこそ、世界を今よりももっとよい場所にしていくためのヒントがあると、彼女は感じているのです。

 つまり、世界のリーダーたちを前にあの歴史的なスピーチをしたセヴァンはふつうの女の子だったんです。ぜいたくではないごくふつうの楽しさが、美しさが、安らぎが世界の希望だと信じている、あなたのようなふつうの子。そんなふつうの子にも、世界を変えることができるということをセヴァンは示してくれました。

 どんなにそれがささやかでちっぽけな変化に見えても、世界は、あなたのまごころや、ウラオモテのないことばや、行ないによって、たしかに少しずつよくなっていくのだということを。 問題の大きさや難しさを前にして気がくじけそうになったときには、セヴァンのことを思いだし、またこの本を手にとってみてください。


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