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新井英昭氏

プロフィール
1962年神奈川県立湘高等学校卒業
1966年東京大学経済学部卒業
1966年日本IBM株式会社入社(在職21年)営業企画部長
1989年Federal Expressに転職(在職11年)日本法人営業本部長等歴任
2000年株式会社ファイテック(インターネットベンチャー )経営
2001年からマナテックに携わる。マナテック日本登録第1号
2002年からマナテック専業に。マナテック日本立ち上げの中心となって活動。現在マナテック登録会員の6割をダウンラインに持つ。
2003年3月 シルバープレデンシャルディレクター獲得


その他プロフィール
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■インタビュー



インタビューの模様


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アメリカのアップラインと



ドクターマカナリーと



国際部クローリー氏と



サムキャスター社長と



奥様と



奥様と授与喜びの笑顔



伸び率NO1



表賞inダラス
Q マナテックというMLMへ初めて参加をされたそうですが、その、動機、またはきっかけはなんであったのでしょうか?抵抗はありましたか?

私はずっと外資で来ました。外資の良いところでもあり、悪いところでもありますが、40才頃になると、これから先の事をちゃんと見せてくれ、この会社で自分がこの先どの辺までいけるか、ある程度判断がつくようになります。この会社でずっと働いても良し、また自分で別の転身をしてもかまわないといった状況がありました。このような環境にいて、そういった特別の訓練を受けていたので、選択として、私は二つ目の外資に移ることに致しました。
外資は、定年後の事は全て、自分で考えなければならないという環境になります。従いまして、50を過ぎた頃から、定年後の事が頭を過るようになり、何か自分で次なるものを考えなくてはならないと思う気持ちが強くなりました。
定年後において、「仕事を持たず、何もしないで生きる」と言う状況は、私にとっては、考えられないと思っていたので、個人でも出来る『何か』を探して本屋等を物色したり、情報を収集したりしていました。
そんな時にネットワークビジネスに出会うチャンスがありました。
当時あまり、良く知らないといった部分もあったのかも知れませんが、ネットワークビジネスに、さほど抵抗はありませんでした。それ程悪いイメージも持っていませんでした。
外資という仕事柄、日本人とアメリカの人の考え方の違いも承知していましたし、影響を受けることも多々ありましたので、彼らからも情報を貰ったりしながら、色々検討していました。
そんな中、IBMの頃の友人の知り合いが、マナテックというMLMに絡んでいるという話が来ました。私は、50才を過ぎた頃から、健康問題や、サプリメントについてはかなり興味を持っており、それまでにも自分で、ちょっとした物を輸入して試していました。
そんな中、たまたまアメリカに行く機会があり、マナテックの話を聞いてみないか?という話しがあり、コンベンションに参加する事になりました。
その時の印象は非常に良いものでした。しかし、当時は、まだ会社にも勤務していましたし、MLMで、自分が生計を立る事が出来るなどと、十分考えていたわけでも無く、「将来の一つの可能性として、本業をやりながら、やってみようかな」と。片手間にちょっと携わるといったポジションで考えていましたので、特別シリアスに考えていたわけではありませんでした。ただ、一つ言えることは、外資という環境にいたからがゆえに、将来に対して、より真剣に考えていたということはあったと思います。
また、年令を重ねると、今までやってきた中で、色々な失敗を経験し、あの時にああしておけば良かったといった事を考えることも多々ありました。とは言え、今からその時をやり直す事は出来ない。そう言う意味でも、後悔をしないですむようにしたいと言う気持ちは、大きくあったのかも知れません。
第4コーナーを曲がりますと、直線しかない。これから先、直線で走れるようなものがあるといいと、その時漠然と心に思っていたのだと思います。
そういった気持ちの流れから、自然にマナテックに入ったという感じです。
今から見れば結構大きな決心だったのかも知れませんね。

Q マナテックを選ばれている理由は?

参加したのは、サクラメントのコンベンションでした。私にとって一番衝撃的だったのは、その際に聞いた体験談です。今でもとても良く覚えています。知的障害の有るお子さんとお母さんが一緒に壇上に上がり、障害があったそのお子さんが、マナテックの製品に出会い、普通学級に入れるようになったという内容の話をしました。耳を疑いましたが、その後もいろんな方の話を聞いていく間に、それはどうも本当の話しで、そのケースは、その人だけでは無いということがわかりました。また、そのセミナーの内容が実に真剣な中身が多かったことと、非常に年齢層の高い方が、沢山みえていたということで、違和感がありませんでした。したがって、会社としてはとてもいい印象を持ちました。今でも毎年あるダラスのコンベンションでは、参加する度に同じ印象を受けます。
他社のセミナーの中には、やたらにモチベ−ションを上げるだけの内容のものがありましたが、もし、マナテックが、そういう内容でしたら、おそらく私には受け入れられなかったと思います。
Q長年の会社勤務を辞め、MLM一本に絞られた理由はなんですか?
一昨年まで、ある会社の役員・顧問をしておりました。退職の理由の一つに、その会社の上場計画が短期には難しかろうと言う事結論が出たこと。
また、いずれにしても60才で定年を迎えるので、その延長上としては、そういつまでも、続けられるわけでもないということ。そして、一番大きな理由はマナテックでもって、一応なんとか十分生計がたてられるという、状況が出来上がったということ。退職に至ったのは、そのへんのバランスからだったと思います。二足の草鞋を履いている事そのものが、時間的にも非常にしんどくなってきました。ウイークデーの夜はまったく自由時間が無く、土日も無くなるといった状況の生活を1年半くらい続けてきましたが、ちょっと限界かなと、感じるようになりました。このビジネスは10年20年と腰を据えてやっていけるものでないと、意味はないと思っています。そういった方面からみても、この会社なら大丈夫と判断出来たからです。

Q 長年の会社勤務を辞め、MLM一本に絞られた理由はなんですか?

一昨年まで、ある会社の顧問をしておりました。退職の理由の一つに、その会社の上場計画がおそらく難しかろうと言う事結論が出たこと、また、いずれにしても60才で定年を迎えるので、その延長上としては、そういつまでも、続けられるわけでもないということ。そして、一番大きな理由はマナテックでもって、一応なんとか十分生計がたてられるという、状況が出来上がったということ。退職に至ったのは、そのへんのバランスからだったと思います。二足の草鞋を履いている事そのものが、時間的にも非常にしんどくなってきました。ウイークデーの夜はまったく無く、土日も無くなるといった状況の生活を1年半くらい続けてきましたが、ちょっと限界かなっと、感じるようになりました。このビジネスは10年20年と腰を据えてやっていけるものでないと、意味はないと思っています。そういった方面からみいても、この会社なら大丈夫と判断出来たからです。

Q また、会社員としての自分と、MLMに参加されてからの自分とで、大きく変わった点はありますか?どんなことですか?(考え方や時間)

全然違いますね。ストレスが全く無くなりました。会社に勤務している間は、ナンバー1の座にいた事はありませんでした。最後でもナンバー2でしたから、事を決めるにしてもやはり、ナンバー1の許可を得なければならないのに比べ、現在は、自分と妻だけですから。
やっと、30数年の後で、全て自分で決めればいい環境を得ることが出来たということが一番大きいですね。時間的にも精神的にもかなり楽になりました。

Q 長年会社勤務で重要なポストにつきながら、培ってきた信頼をMLMに参加されることで、リスクにかけられたわけですが、その時の心境の変化はどのようなものでしたか?

リスクにかけたという感覚は全くないですね。培ってきた信頼がMLMで崩れたり、携わることで、今までの経歴に傷がつくと言うような事はまったく思っていませんでした。
会社を辞める時にMLMを本業にするためとは、特に言いませんでしたが、その後の年賀状やその他の便りには、明確に現在の環境を伝えています。
反応は、「いつまでも現役の感覚でおめでとうございます」というような良い感触を頂きましたし、興味を持って聞いてくる方もいました。「そんな変な物を始めて!」というようなことは言われませんでしたね。(笑)

Q 新井氏のことを人は成功者と呼びますが、そのことについてどう感じていますか?

成功者というと、よくお金と繋いで考える方が多いのですが、その要素は、無くは無いとは思います。しかし、私の感覚からするとそうではなく、極端に言えば、成功者とは死ぬ時にどうあるかだと思います。「自分は良い人生が送れて満足だったな」と思えるかどうかだと。いくら途中経過でお金があったとしても、死ぬ時にそういう気持ちが持てなかったとしたら、それは成功ではなったのではないかと思います。したがって自分が成功者であったかどうかは、その時になってみないと判らないですね。また、人間の欲は、きりがなく、欲望を追求することや、なんでも自分の思う事が出来ると言う事が必ずしも成功ではないと、私は思っています。一番大事な事は、自分として、心配をしなくて済むような状況がつくれるかどうかだと思います。
先日友人の奥様が大病で入院し、大変しんどい思いをされてまして、その彼が「新井さん 何にも無い普通の日がいちばんいいですねえ」としみじみ語っていました。確かに私もそうだと思います。若い時は、ギラギラしていた時もありましたが、年令を重ねると、さすがにそういうものは無くなり、現在及び将来に対する不安を持たずに、人生を過ごせる事が一番だと思うようになります。
不安というのはストレスの全ての原因になります。不安のない状況を続けられると言う事が、ある意味人間の成功ではないかと思います。
自分と周りの友人・家族ともに、普通の毎日が送れる状況をつくる事が大切ですね。お金は確かに重要かもしれないです。しかし、巨万の富を持っていたとしても、お金に盲目になって、欲を追うが為に、傲慢になり、人間として入ってはならない領域に手を染めて過ちを犯し、取り返しのつかない失敗をしている人のニュースが、世の中にたくさんおこっています。
そういった話を聞くと、そこまでして、なんの意味があるのかと思います。
幸せが幸せでなくなってしまい、最後はみじめな気持ちになって、生涯を閉じるとすれば、成功とは言えないでしょう。
自分のゴールはいつやってくるか判らないですが、私は、真直ぐに走って行きたいと思います。

Q 自分にしかできないと思うこと、また、誰にも優ると言えることはありますか?

私の特性は、人があまり常識と思っていないことを、人より先にやるというところでしょうか。
といいますのは、最初IBMに入社しましたが、当時の社員数は4000人位で、ほとんど知名度はなかった会社でした。しかし私は、なんとなく伸びる可能性を感じました。その後IBMは急成長し、大成功をおさめる会社になったわけです。21年の後、当時取引先であったFeDEXの話が舞い込んで来ましたが、その頃、国際宅配はまだ、一般的ではありませんでした。しかし現在では、インターネットが普及する事により、海外で物を購入する方が当たり前のように多くなって来たました。それにに伴って、国際宅配は一般化し、FeDEXは急激に成長しました。私は、それらが常識になる前に、可能性をある程度よむことが出来たと感じています。ですから、きっとマナテックもそうではないかと思っています。マナテックの持っている、独特の糖質栄養素と言う物が当時まだ、常識ではない状況でしたが、そういう段階からなんとなく可能性を感じて入りましたが、おそらくこの先、数年の内に、それらが常識となってくると感じています。ビジネスというものは、非常識が常識になる時に、一気に伸びる傾向にあります。常識になった時には、全ての人が知ることになります。その辺をなんとなく見抜く事が出来る特性があるのかなと自分で勝手に思っています。

Q 先見の明がありますね?

私が辞めるときは、IBMは非常に調子の良い業績でした。
しかし、その3年後、なんとリストラが始まりました。早期退職を募るようになりました。当時の同僚は私に、「お前は先見の明があるなあ」と言っていました。自分では、予想していたわけでもないけれど、人からはそう言われますね。三つの選択の結果をみると、自分には、多少はそういう能力もあるのかなと思ったりもしますが、どうなんでしょうか。(笑)

Q 自分は他の人と大きく違うと思う点はどんなところでしょう?

ごく一般的に、徹夜で何かがんばってしまうような事が出来る人、ある仕事を短期間で釈迦力で一気にやる人は多いのですが、一日一時間でもいいから、ある事を、10年ずっとやり続けるといった事が出来る人は、あまりいないようです。どちらかと言うと私は、後者が出来る人間かなと思います。
若い頃を振り返りますと。例としては、英語の収得があります。
なぜそのように流暢に話せるのかとよく訪ねられます。
留学の経験等はありませんが、ラジオとカセットの英会話を大学の2年間、とにかく毎日、30分欠かす事なく必ず学習しました。その結果だろうと思います。そういった事は短期間ちょこっとやっても、結果は当然でないです。このビジネスにおいても同じ事が言えると思います。

Q ネットワークビジネスを続けていく上で大切と思う事はなんですか?

このビジネスは「細く長く」だと思っています。結果がいつ出るかわからないので、私は、「結果目標」という方法は嫌いです。いつまでにどうこうしたいとか、車は何が欲しいとかいう方法です。そう言った方法は、目標が達成しなくても、何のペナルティも無いのです。それがたとえ出来なかったとしても、多くの人は、「しょうがないな」と後で思うだけです。

そうではなくて、私は「行動目標」という方法が一番良いと思っています。こういう事をやりましょうと決め、それを一日一時間毎日何年間続けましょうといった方法です。これは、結果がはっきりわかります。例えば、「一日一人に必ず会って交流する」というような具体的な行動目標をたてる方法です。
「小さな事を長い間続ける」これが、とても大切ではないかと感じます。

Q 「失敗」と思ったことはありますか? またそこから学んだことはありましたか?

以前の職場では沢山のケースがあります、若気のいたりと言いますか。
印象に残っている事は、自己主張が過ぎたという点があります。この社会は人間の集合体で成り立っています。今となれば良く解りますが、若い時はその事が解らずに、自分が正しいと思った事は絶対通したいという気持ちが強かったですね。「主張の強すぎる人間は組織のリーダーの立場に置いてはいけない」と言う事も言われました。
私はIBMに入社して数年は、非常に順調に来ており、同期の中でもトップを走っていました。ある日、ある人に「自己主張をもう少しバランスをとらないとだめだぞ」指摘されたのですが、その時は意味がわかりませんでした。40才を過ぎた頃からやっとバランスの大事さが良くわかるようになりました。その後は、まず、人の話をきちんと聞いて、その上で自分も意見を言い、判断するようになりました。人間社会をまとめあげていくには、周囲のバランスをよく見て、配慮出来る能力が、いかに大事かを学び、教訓となりました。

Q 成功するにあたり日本人気質の長所・短所を挙げるとすれば?

自己主張し過ぎはともかく、日本人は、言いたい事をほとんど言わない人が多いですね。発言の場でない所で、物事が決まった後からごちゃごちゃ何だかんだと言う人が多いと感じます。外資にいましたから、より強くそう感じるのかも知れませんが、社内ミーティングにおいても、何も発言しない人間がいます。英語という言葉の障害もあるかとは思いますが、手を上げ、発言するのが当たり前の環境で育っているアメリカ人は、その場で、何も発言しない人は賛成とみなし、進行します。黙っているが為のYesばかりを繰り返すと、今度はボスは反論する人間を煙たがるようになってしまいます。
それは会社にとっても、良く無い事です。もっと、フランクに自分の意見を言い合って良くしあって行くべきですね。そこが日本人の短所であるかも知れません。言わなくてもわかるだろうという日本気質は、日本人同士では、長所であったとしても、国際ビジネスの中においては、通用しないマイナス点であると言えます。

Q 何が成功者とそうでない方の違いを生むと思いますか?

一般に成功者とは、失敗をなんども経験した人だといいます。多く失敗した人程成功しています。私もまさにそうだと思います。言い換えれば、そうで無い人は失敗もしません。いわば何もしないのと一緒ですから、当然成功はしません。ネットワークビジネスにおいても、同じ事が言えます。何もせずに、あれはダメこれはダメと不平不満ばかりを言って失敗したと言う人が多いですが、そう言う方は、実は失敗をしたうちに入っていないと思います。失敗の上に成功は出てくるものだと思います。批判や文句が先に出る人は絶対に駄目ですね。

Q リーダーの資質とは?

相手の言う事をちゃんと聞いてあげられる人だと思います。それを踏まえた上で、自分の考え方をプラスアルファ−して、引っ張っていける人ではないでしょうか。リーダーとマネージャーは違うと思います。相手の言う事も聞かず、自分の方針だけを押し付けるのは、独裁者であり、リーダーとは言えないと思います。

Q 人を育てるものは何だと思われますか?

「自分は何がやりたい」と言う事を、その人なりの「自分の言葉」で、発言させてあげられる環境をつくってやらなければならないと思います。その人が自分の言葉で言えるようになるまでは、じっと見守っていく必要があります。時間はかかるかも知れません。子育てに置き換えてみても同じです。親は、自分の意志で子供を何とかしたいと思ってしまいがちですが、その本人が自分の意志で、こうしたいと思うようにならなければ、結果は出ません。その気にさせる助言はしてあげるにしても、本人が語り出すまでは、しっかり待っていることが大事だと思います。待てる余裕が無いと、人は育成できないと思います。その内に、本人から聞いてくるようになり、その時のちょっとした助言から、その人が将来本物になった時に、真の信頼がえられるのだと思います。ネットワークビジネスの中で、アップラインが、会社の上司のように振る舞うケースが見受けられる場合があります。アップダウンという言葉使いも悪いのですが、特にビジネスの中に入ってくると、アップがダウンを自分の為に、あれこれさせよう思う勘違いをしている人もいますが、それはナンセンスですね。その人が、いかに自分で行動する気持ちになって行くかは、人によって様々です。
相手をみながらじっと待っている。それがポイントではないかと思います。

Q 人を魅了する人ってどんな人でしょう?

自分が本当に思っている事をズバリと理解してくれる人に魅力を感じます。
こんなエピソードがありました。以前IBMで営業をしていた時、非常に大きな商談がありました。会社Fの提案に押されぎみになっていた時、ある船会社の常務さんから、「会社FがIBMと比較して、こんな提案をして来ているが、貴方の会社も、その会社Fに対してのカウンタークレーム(欠点)があれば言って下さい」と言われました。私はその時こう答えました。「私は、IBMの人間で、会社Fのことはわかりません。わからない会社の事をあれこれ自分で推測し、欠点として言うことはできません」と。そしてその姿勢を貫きました。2年の歳月をかけた商談が終わり、結果としては我方が勝ちました。
その後、また、その時の船会社の常務さんに呼ばれて「なんで貴社にしたと思いますか」と質問されました。常務さんは「答えは簡単です。F社の欠点を持ってくるように言ったのに、貴方は自社の利点のみを語り、頑として、それを曲げず、相手の悪口を一言も言わなかったですね。それが一番信頼出来たのです」と話してくれました。
私は、結果を考えて行動していたわけではありませんでしたが、その時、人としての心を見ていてくれる人がいたことに感激しました。大きな商談が決まった事が嬉しいのでは無く、言わずとも自分の考えていた事が、その通り相手に伝わって、それを理解してもらえたということが、何よりも嬉しかったのです。その常務さんに非常に魅力を感じました。その出来事は一生忘れられません。

Q 外見的にはどうでしょうか?

目ですね。相手の目をしっかり見て、話が出来る人。大切な事だと思います。

Q できる人の視点(着目点)とは?

直に相手が言わないにしても、相手が何を思っているか解ろうとする事、または解ってあげようとする態度・行動がとれる人、あるいはそう言う見方ができる人こそ、真の「できる人」だと思います。広告に例えるなら、売る側の意志ばかりが出ているのではなく、買う側のニーズがどう解決されるかをしっかり教えている広告でないといけません。人においてもそれと同じような事が言えると思います。

Q 影響を受けた人物/または事柄はありますか?

先ほどの話の中の、私を正当に評価してくれた船会社の常務さんです。この方には非常に影響を受けました。
一般に知られている方の名前を掲げるとすれば、IBMのもと社長の椎名武雄氏です。偉大な方です。椎名さんは私に外資系で働くときの心構えを教えてくれました。私が椎名さんからもっとも感銘を受けた話はこんな話です。
「椎名さんはかなりベランメーなので、こんな感じです。
お前等、俺がIBMでどれぐらい苦労したかわかってるのか。
俺には2つの仕事があった。
一つはTo sell IBM in Japan.(日本にIBMを知らしめること)
もう一つはTo sell Japan in IBM.(IBMの中に日本を知らしめること)
お前等どっちが大変だったと思う。
2番目の仕事が俺の仕事の90%だったんだ。。。。」
この話が私の外資における仕事のやり方の基本を作ってくれました。そして椎名さんはこれを実践されIBMを大成功に導かれました。

Q 貴方の起業家精神に火を付けたきっかけをあげるとすれば何でしょうか?

ひと旗上げよう的な起業家精神は、自分にあるとは思っていません。ただ、自分の将来は自分で決めなければならないと言う、気持ちはもともと強いです。外資にいると、それは嫌ってほど叩き込まれますからその影響もあると思います。

Q ネットワークビジネスは好きでやってますか?

好きで始めたというよりは、好きになりたいと思っています。好きになるために、ネットワークビジネスの、どこを変えていかなければならないかという、観点からお話しします。これは人間関係のビジネスですから、その関係がどれだけ良いかで紹介が出たり、グループが出来たりするわけですね。ところが、中には、良かったはずの関係が、ガタガタになったりする場合があります。その理由としては、ビジネスをやっていく上での、アップとダウンの関係が上司と部下のような関係になってしまっている場合におこり、崩れます。人を意のままにするなんて出来ないのに、そうしたがる人が残念ながらいます。
この部分はネットワークビジネスの好きになれない問題点であると思います。取り組む環境や使う時間には、様々なスタイルがあります。そうそう思い通りにはならいのが現実です。押し付けでは無く、ネットワークビジネスは、自由スタイルで出来るという点が魅力であるはずがそうでは無くなる、人間関係のいざこざは嫌いな点です。もう少し、しっかりしたリーダーの考え方のもとに、ビジネスはあるべきではないかと思います。

Q もし今マナテックをやっていなかったらどんな方面に進んでいたと思いますか?

おそらくですが、どこかの会社の顧問か、監査役か何かやっているのではないでしょうか。自分で会社を起こすといった事はしていないと思います。

Q 成功するのに一番大事なことを一言で?

「継続・細く長く」です。これはもう私の哲学です。好きな言葉も同じです。
こんな例え話がアメリカであります。
ある人が、会社に入社したいと言って来ました。
「貴方に3年後の次の日から、月100万円をお支払いしましょう。条件は一つ。今日から3年間、毎日、雨風病気等等、条件を問わず、一日1人でいいから、必ず毎日、マナテックの話をし続けて下さい。その人が登録するかどうかの結果は問いません。ただし条件があります。もしあなたが3年間に一日でも人に話をすることが出来ない日があったら、この話しは無かったことになります。」と。
これは本質論です。この通り出来る人は、ほとんどいないでしょう。これが出来るとすれば必ず成功します。「継続は力なり」です。

Q 継続する秘訣はなんですか?

個人においては、あまり、負担にならないようにする事です。
英語の学習に例えれば、一日2時間では負担が大きいので、一日30分に設定する事です。ネットワークビジネスなら、一日1人に話をしようと設定する事です。負荷が大きいと途中で挫折してしまいます。1人をノルマにして、それが達成出来なかったら、明日二人にする。また、今日3人に話しが出来てしまったら、二日休むといった方法です。そういう感覚で楽にこなすことが大事です。ノルマを小さくして、やったら忘れることです。
これが秘訣ですね。


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イタリアのひととき



香港のひととき



Fedex社プレゼンの様子



外資現役時代
■プライベート編

Q 小学生頃の性格は?

過激な少年でしたよ。小学校2年生の頃、親の都合で、鎌倉から名古屋に転校した経験があります。その場所で、よそ者扱いされ、今で言ういじめにあいました。いじめっ子のガキ大将がいてひどい攻撃にあいました。しかしその後、私が4年生の頃、そのガキ大将と私のポジションが入れ替わってしまいました。自分がいじめっ子になったわけでは無いのですが、みんなと仲良く遊ぶことに努めようとしている内に、いつしか立場が逆転してしまった様です。具体的に何でそうなったかという、心当たりは無いのですが、過激だっだのかもと思います。今思えば、確かに負けず嫌いだったところはありました。運動も勉強も人に負けないようにという意識でいました。
こういう負けず嫌いも大人になって、途中から大分変わって来ましたが(笑)

Q 夢は変わりましたか? いつ頃からどの様に変化していったのでしょうか?

小さい頃の夢ってどんどん変わりますね。色々なものに影響を受け、ころころと変わりました。ですから、ずっと同じ夢を追い続けている人は非常に羨ましいと思います。具体的な夢を持った時期もあります。
私は父を、中学生の時に亡くしまして、その時に、こういう事を絶対に起こさせたく無いと思い、自分は医者になろうと思いました。
大学は、理科二類に入ったので、半分医者の道にもいけるところでしたが、結果的に私は、経済の方に興味が出て、移ってしまいましたので、結局医者にはなりませんでした。今でも医者の友だちが多くいますが、先日同窓会があり、その中で大病した人間が何人かいましたが、皆医者でした。ストレスの多い仕事なんでしょう。
そもそも私は、あまり器用な方ではなかったので、ならなくて良かったかなと思います。就職する時もこれといった夢を描いてはいなかったですね。現在は、ここまで来たら絶対に、一直線に走り抜くことが私の夢です。

Q クラブ活動はまた、打ち込んでいた事は?

テニスに打ち込んでいました。それと、英語ですね。この二つです。
今にして思うと、学問の方に、しっかり打ち込んでおけば良かったと言う少し後悔の気持ちはあります。
話はそれますが、世の中にスペシャリスト型とマネージメント型というタイプがあったとしたら、私は、スペシャリスト型だったと思います。
当時世間では、マネージメント型の方が、出世の道があり、安定もあり、良いとされがちでした。自分もそちらの進路に行きましたが、今から思うと、やはりスペシャリスト型だったようで、自分の適正と違う道を選んだかもしれないと思います。

Q どんなふうに育てられましたか? ご両親から影響を受けたことは?

中学の時、父を59歳で亡くし、母も大学1年の時に63歳で他界しています。私は父が40才を過ぎてからの子供でしたので、大事に甘やかされて育ったと思います。周囲からは、「貴方の父は非常に素晴らしい人だった」と言ってもらえるのですが、私が父から、影響を受けたという記憶は殆どなく、もっと色々な影響を受けたかったなと思いますが、残念ながらそれが出来ませんでした。
そんな状況からも、私は、自分のことは自分で決めて来た人生だったかと思います。

Q 時間の使い方を教えてください
一日の時間配分は?

過去)
朝7時半ごろ家を出て出社し、帰宅は10時11時で、週末はテニスクラブに通う、そんな日々を、30数年過ごしていました。
その後、ネットワークビジネスを始めてからは、時間配分はがらっと変わり、夜帰宅するとネットワークビジネスの仕事に入り、土日はセミナーに行くので、テニスをしたり、ゆっくりテレビを見たりは、殆ど出来なくなりました。
両立している時は、時間的にかなりきつかったです。

現在)
7時頃起きて、朝の二時間位、ゴルフの練習に行きます。これは毎日です。10時頃からインターネットに向かいメールのチェックをします。あらゆるものが、日に3000通位くるので、その中から、良い物を選ぶのが結構大変です。インターネット関係は、特にマナテック関連の仕事が多いですので、昼くらいまで続けます。午後はセミナーに出かけ、夕方には戻り、夕食は自宅でとる事が多いです。夜はまた、インターネットでマナッテク関連の仕事の処理、または電話などをします。土曜日は、出張も含め、セミナーに出かける事が多いです。月5回から10回スピーカーをしています。最近、日曜日はテニスに行けるようになりました。

今後)
ほぼ、こんな感じで過ごせれば良いと思ってはいますが、できればゆくゆく、都心に引っ越し、その自宅の一部か、もしくは、その近隣の場所でも設けて、グループの方々が自由に集れるような場を持てたらいいなと考えています。

■現在のライフスタイルについて伺います〜

Q サラリーマン時代との金銭感覚の変化はありますか? 以前と感覚は変わりましたか?

変化はありますね。その時々に入ってくる収入は、現在の方が多いですが、サラリーマンの時は、この先、お金が入ってこなくなるかも知れないという不安は、全く考えもしなかったので、平気で家や車のローンなどを組んだ事もあります。しかし今は、将来の保証を自分でつくっていくという感覚です。
入ってこなくなる可能性も想定しながら、金銭に対してシビアに見ているところがあります。

Q 自社製品の愛用はもちろんでしょうが、その他、健康で気を配っていることは?

自社製品は大変気に入っています。その他は多少の運動をしています。
自分自身の健康はもちろんですが、自分だけが健康でいるのでは無く、今は、家族の健康や兄弟の健康も考えています。したがって、非常に近い親戚や身内は、全てマナテック製品を愛用しています。現在の食物背景から、サプリメントを摂ることの重要性を感じます。マナテックのサプリメントは糖鎖を正常化する力があり、現代を生き抜くために必須のサプリメントと思っています。
あるインタビューで、イチロー選手は、風邪をひかないように、靴下を履いて寝ていると答えていました。それを聞いて、単純に私も、靴下を履いて寝ています(笑)。ちょっとした自分への気遣いが大切ですね。

Q これからの日本の子供の教育に必要なことはどんなことでしょう?

日本の社会は、色々な事でやたらに箍をはめる、傾向にあります。何かおこると危なかろうと、規制法をつくる事ばかりに目を向けます。
事業においてもこういう基準でつくらなければいけないというようになっています。個人個人の良い点を見ずに、全て同じ枠の中に押し込めようとすれば、当然反発し、それがかえって、悪い形で出てしまったりします。優等生をつくるやり方は、そろそろ、日本も卒業すべきです。まだまだ、平均的な教育をしがちなケースが多い中、これからは、一人一人の自主性が、いかに発揮できるかに重点をおいた、体制・制度・指導者をつくらなければならないと思います。


■番外編

Q これからMLMを始めようと思っている方に対して一言アドバイスを!

絶対に「細く長く」です。10年20年出来る、しっかりした会社を見つけて、それに対して自分として出来る範囲の力を注いでいくことです。決して、しゃかりきにならない事です。毎日のノルマを小さくして、必ずやり遂げるようにして行くことです。私は、少数の成功者をつくることには、意味は無く、多くの方が年金をつくれる感覚でいきましょうと、セミナーで良く話しています。これから受け取る年金額は非常に少ないのが現実です。今後の若い世代は、さらにその額は減っていくでしょう。補うためには、「細く長くまず3年間はじっくりやり続ける」これにつきます。

Q ネットワークビジネスは今後どのようになっていくと思われますか

ネットワークビジネスというのは極めて大きな産業になっていくと思います。従来のように、メイジャービジネスでは無いといった感覚は、いずれ消えていくと思います。また、そういう努力をしなければいけないと感じます。残念ながら日本の社会では、MLM企業は上場出来ないとか、MLM雑誌に一流の会社は広告を出さない、といった状況が、現在はまだあります。しかし、これらはやがて変わると思います。絶対にそうなると思いますし、そうなるべき業界です。この仕事は経済に活性化をもたらすものと思います。そのためには、皆さんが持っている、従来の「仕事の概念」を変えなければなりません。世の中60代になるとほとんど仕事がありません。仕事とは「雇用されて出勤する」といった状態を思い浮かべますが、そうではなく、見方を変えれば違う色々な仕事があります。その中で、ネットワークビジネスは、非常に大きな可能性を持っています。正しく受け止められ、理解すれば、沢山の人が入ってくるビジネスだと思います。既に携わる我々もより良く変わっていかなければならないと思っています。従来型の、セミナーでモチベーションをあげさせ、後は自分でやりなさい、という方法には限界を感じます。大きな産業に発展するためには、誰にでも出来て、ある程度の時間で、ある程度、結果が出していけるような方法をつくり上げ、それを教えていかなければならないと思います。アメリカではそういう傾向になりつつあります。微力ながら私も、そうなるために、全力を注いで行きたいと思います。MLMは、これからの時代にあったビジネスの形ではないかと思います。

インタビューを終えて

彼が外資で歩んできた道程は、ビジネスマンなら誰もが憧れる「エリート」と呼ばれるに相応しいものだ。しかし現在は、マナテックのトップディストリビューターとして活動している。
それがどういうことを意味しているか、読者にはおわかりになるだろうか。

それは、日本で表現する単なるネットワークビシネスではなく、一般ビジネス界のエリートが参加する歴とした流通である「マルチレヴェルマーケティング」が、この日本においても可動する時代になったと言うことではないか。

彼のような人材が、ディストリビュ?タ?として上に立つことにより、今迄興味すら持たなかった分野のビジネスマンも「その業界には、そんなに魅力があるのか?MLM?」と考えることとなるだろう。
また、優秀な経営者こそ、この流通業界の見直しにかかるだろう。
その可能性や魅力に気付いた世の名たる企業が、会社を揚げて、あたりまえに社員にMLMを奨励する日がもうそこまで来ているのではないかと感じる。

前回に続き、成功者の生き方、考え方、現、在のライフスタイルから多くを学び、貴方自身を変えていくための参考にしてほしい。
また、多くの読者の未来が輝くように、このページが成功への道標となることを強く願っています。


■おわりに


己の信じた道を一直線に、停まる事なくひたすら歩み続けている、新井氏の心に沸き上がる泉は、やがて川となり、多くの夢追い人の道標となる。中には川がある事さえ気がつかなかった一般の人々にもその川の雄大さを知らしめる事になるだろう。そしてその先は、幾筋もの川が流れ込む大河となり、その水力は一人では成し得ない何かをも、可能にしていくだろう。
それが新井氏の望む、ネットワークビジネスの日本における向上と認知につながるのではないだろうか。このインタビューを終えた私の心に、以前、本で見た、キラキラと輝く美しいの結晶がふっと浮かんできた。
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ネットワークビジネス・ ライター
interviewer & editor
Eiko Ishisone
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「水は答えを知っている」より江本勝サンマーク出版