Sponsorship / 2004 (C) Network business future hall.

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挑戦者たち第2回はセスHモルダー氏である。
29才と言う若さで、現在のネットワークの地位を築き、世界に羽ばたいている。
現在は、家族揃って来日し、日本を拠点に各国々のメンバー拡大に力を注いでいる。
十分に地位を築いている彼が、今も変わらぬ挑戦を続けているのには理由がある。
彼の挑戦の本当の目的はなんなのだろうか。インタビューを通して真相を探ってみたい。


セスHモルダープロフィール

■プロフィール(自己PR)
1974年10月16日ユタ州SaltLake Cityに生まれる。
その後、6才までの幼年時代をオレゴン州の壮大な牧場で育つ。
ユタ州のプロヴォ市にあるUNIVERSITYOFPHOENIX大学にてビジネス経営学を学ぶ。このMLM市場で長い間大成功している、NU SKIN ENTERPRISES に勤務し、さまざまな役割を担う。
2000年の秋にNSEから独立。IMPORT会社をパートナーと共に設立。
2002年の9月にSYNERGYに出会い、十分な会社の検討後、サインアップ。
現在は家族と共に千葉県舞浜市に移住し、日本市場の拡大と、さらなる組織構築に全力を注ぎ活躍中。最愛の妻と5人の可愛い子供の父親。
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■セス モルダー氏の挑戦記録
■日本語が凄くお上手ですが、特別なトレー二ングを受けた経験がおありですか?

高校の時は、数学が得意で、その成績も良いほうでしたが、大学受験に向かって、何か外国語を選択しなくてはならないと思っており、私はスペイン語のクラスを希望しました。しかし残念な事にそのクラスは人気が高く、既に定員に達しておりました。他にドイツ語、フランス語もあったのですが、たまたま、私の高校では日本語を教えるクラスがあり、どんなものかなということで、そこに入る事にしました。日本についてそれまでは、侍とか忍者とかそういった言葉は知っていましたが、文化はあまりよく知らず、どこか不思議な国という感覚を持って言いました。反面、素敵な国なのかも知れないと言う期待の気持ちもあって、学んでみたいと思いました。また、ビジネスにおいて考えた時、これからは、日本語が役にたつというような社会情勢も、当時あり、その影響を受けたのも事実です。学び始めて日本語が凄く好きになりました。
大学のスピーチコンテスト等に挑戦したこともありました。
うまく話せなかった事も多々ありましたが、とっても楽しかった。
最初は基礎の部分の勉強だったので、簡単な言葉しか話せなかったですが、2年目も日本語を続け、そして徐々にひらがなを書けるようになり、また読めるようになっていきました。そうは言っても、日本で言うところの、「This is a pen.」と同じくらいのレベルだったかも知れません(笑)
その後大学に入学し、今迄の外人日本語教師では無く、日本人の教師である片沼先生につき、さらに一年間学びました。
私は、小さい頃からの、末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師として海外に出たいという夢を実現する費用を、自分の力でつくる為、12才の頃からずっとお金をためていました。ようやくその年令になり、面接を受け、行けるという事が決定したため、大学を休学をさせて頂くことになりました。
行きたい国の希望は出せますが、必ずしも叶うということではありません。
私は日本を希望しました。そして、たまたま、この希望が召され、日本に来れることとなりました。
教会の支部は、日本の中でも地域で7箇所に分かれており、北海道や福岡等に配属になる可能性もあります。私は、東京南伝導部という所に配属になりました。
東京と言えば、日本の中心部、とても驚きうれしかったことを覚えています。
当時19才でした。1993年12月1日にユタ州の訓練センターに入り、二ヶ月の特別な訓練を受け、年明け1994年2月1日から晴れて来日しました。
初めての勤務は、東京南伝導部所轄の静岡県・浜松市でした。
そこで奉仕活動や無料英会話教室、そして教会の教えを学び、伝導活動しながら働かせていただきました。
その後、4ヶ月から6ヶ月づつ、横浜市上大岡、厚木市、東京都大田区、品川区、八王子市と活動拠点を移しながら2年間勤務しました。そして任期を終え、アメリカに戻り大学を卒業しました。
この経験は私にとって、基礎を形成してくれる重要な期間となりました。日本語も実践で十分に学ぶ事ができました。
これが私の人生の第1の挑戦となります。この期間がなければ、今の私は無いです。また、伝導をしている時、沢山の人に断られました。その事が今の仕事で、非常に役だっています。




■10年間近くMLM企業であるニュースキンに勤務されていたそうですが、そこで学ばれた事はありますか?

大学時代から2000年まで社員として勤務しました。
途中、先程の伝導活動に出ていましたが、約10年近く、その中でたくさん学びました。色々な役割を担当しました。戦略科やセールス・サポート、そして、中でも、アメリカに在住の日本人成功者(最高タイトル・ハワイアンブルーダイヤモンド及びブルーダイヤモンド)の、日本語を中心として話す方のサポート担当をしていた事で、多くを学びました。彼らは経験も豊富で、考え方も素晴らしく、また頭の良い方ばかりでした。そんな経験豊かな方々と22才の頃に、一緒にセミナーもやっていましたので、教わることが多く非常に勉強になりました。



■セスさんが初めてディストリビューターとしての自分を考えられたきっかけは?

当時、次なる戦略の為、NSの副社長から新規のビジネス展開の依頼があり、私は、英語圏の全国を廻り開拓を続けていました。とてもハードな日々でした。
しかしそこで、もし、自分がこの会社でこのままミッションを高く持ち、がんばって続けていたとして、例えば副社長になれたとしても、自分の時間を会社に売るという立場は変わらないだろうと言う事に気がつきました。
このまま今の状況を続けていて、自由と時間とお金、この三つが手に入るのだろうかと言う不安が出て来ました。
ならば「ディストリビューターという職業はどうなのだろう。。。」と真剣に考える様になって来ました。
「成功者がやっているライフスタイル、僕もやってみたい。自由・お金!?。。。でもお金だけでは意味が無い。。。極端に言えば、悪い事してだってお金は手に入る。そうでは無くて、誠実で、時間と自由があること。これが可能になるのだろうか。。。。」と。
これから先の人生の選択は、自分だけの為では無く、家族の為に必要だと思ったので、MLMの選択の有無も含め、進むべきビジネスの方向性を、真剣に考え始めました。
前々からディストリビューターへの誘いはありましたが、それまでは正直あまり考えてはいませんでした。将来について真剣に考えるようになった頃のある日、NSの成功者から声がかかりました。家内と私の分の往復の航空券を送ってくれ、「このチケットであなた方二人、私の家に来なさい。そして、勉強しましょう。そして貴方のネットワークを作りましょう」と。その好意はとても嬉しかったです。
ネットワークビジネスは、心のビジネスです。心が伝わって来ました。
しかし、結局、お断りし、伺いませんでした。何故なら、その頃まだ、MLMについて100%納得出来る迄に至っていない自分がいて、曖昧な気持ちを残したまま行く事に申し訳ないと思ってしまったのです。
真剣に誘って下さった方に、正直にその事を言うべきだと思いました。
そして、一時は考えたものの、ディストリビューターという選択はせず、違う道を選ぶことになりました。



■会社経営の道に進まれたそうですが、いつ?どんな会社?そのいきさつは?

その後、ビジネスの勉強を本気でしました。大学ではビジネス経営の専門でしたが、
事業家を実践すると言う観点からのことを、もっと学びたかった。そういう事は、学校ではほとんど教えてもらえなかったので、本を読んだりして、自分なりに勉強を続けました。
ナポレオン・ヒルの「スィンク アンド グロー リッチ」という本や、ロバート・キヨサキさんの本も参考にしました。また、ビジネスで成功している知人に実際の話を聴いたりして学ぶ程に、やはり、独立して、自分の会社、自分の「システム」を持たない限り、私が求めている本当の、自由、時間、お金、は手に入らないという考えに達しました。そして私は、ディストリビューターとしてではなく、自分のビジネスを起業しようと考え始めました。

「求めれば与えられる」と言う聖書の言葉のように、自ら事を模索しはじめて、その進むべき道が見えて来ました。
しかし、ナポレオンヒルも言っているように、それがいつ到来するかは、誰にもわからない、求めない人、頑張らない人には、チャンスは起こり得ない。自分が自分のラッキーを引き当てることをするという行動(挑戦)が、結果道を開く事へと繋がるのだと。
そしてその事が現実となる出来事が私におこりました。
家内の知人夫婦が、会社を起業する話が持ち上がったのは2000年の秋のことでした。それはインポートの会社で主にイヴニングドレスとウェディングドレスを扱う会社ということでした。彼らは以前にもその方面の会社を運営しておりましたが、パートナーシップの問題で、その会社を解散し、新しいパートナーと新しい会社を設立したいと言う事でした。
そこに私は声をかけてもらいました。そして、私がかねてより信頼していたキース・ホールズ(ニュースキンの創立者の一人)が加わり4人でその会社をスタートさせました。もちろん最初は大変でした。会社の重要な役割を担うという事は、今迄以上に時間や自由、お金がかかります。その事を目の当たりにしました。かねてより私が求めていたビジョンである「システム」を作り出さなければ何の意味も無いといことがはっきりわかりました。
「システムを作るろう!」最初は4人だけでしたが、まず、コンピューターを導入し、依頼できるまでのシステムに組み、システムを管理をするだけで、自動配送を完全にし、時間の短縮が出来るまでにしました。そして、次に秘書、次はマネージャーという様に段階を追って順にシステムを確立して行きました。二年たった後、規模は小さいながらも会社は成功し、私自身の家も建てる事が出来るまでになっていました。ある程度の自由が出来ました。
そして家族を優先出来る時間とお金が持てるようになりました。
とは言ってもビルゲイツと戦えるような生活では無いですが(笑)



<〜ネットワークビジネスのへの挑戦〜>
ネットワークビジネスについて

■今迄参加をせずに来たネットワークビジネスに何故参加することにされたのですか?(目覚めたきっかけなど)

二年後、会社も2つ起業し、軌道にのっている頃、またネットワークビジネスに誘いを受けました。しかしその頃もまだ自分の中に、ネットワークビジネスに対して、どこかしら納得のいかない点がありました。良い会社も沢山あるでしょうが、悪い会社も多すぎる。プロフェッショナルではない企業が、あまりにも評判を下げているのが現状でした。相対的にみて、自分が取り組むべきかどうかとい点において、答えはNOでした。その頃私は、起業家としてプロフェッショナルだと思い込んでいました。だから今さら、あえてネットワークビジネスを本気でやろうなんで思いませんでした。当時ちょっとおごった考え方を持っていたかも知れません。しかし、友人からの誘いですし、前々から彼を尊敬もしてました。彼はマーケティングに関しても専門で、頭の良い人間でした。いずれ彼とは、何か一緒にビジネスをやりたいと思っていました。彼も日本語が出来ましたから、できれば日本でやりたいよねって話していました。しかしそれが、まさかコレ?(シナジーというMLM)では無いと思っていました。
この誘いに対して、とにかく話だけは聞きましょうと言う事で約束を受け入れ、私の事務所で会う事になりました。あんまり乗り気がしなかったので、いやだな思い、当日もついつい家を出るのが遅くなってしまいました。「彼がもう帰ってしまって居ませんように」とか、「何かの都合で来ないように。。。」なんて願いながら車を運転してました。(笑)
私は10分程遅れ、事務所の駐車場に着くと、彼ともうひとりの人が既に待機して来ていました。(いわいるABCですね。)さらに五分ぐらい電話をし続けて待たせました。それくらい聞きたく無かった。今思うと、彼らに大変失礼なことをしてしましました。その上、私は時間がないので、30分以内に話を終わらせてくれるように頼みました。
一緒に来たAさんはメリルリンチの方で、お金の事を良く理解している人でした。彼らはパソコンを出し、私にプレゼンを始めました。
その話し方に私は少し驚きを感じました。
と言うのは、私が参加するとかしないとかの問題とは関係なく、彼らの行ったプレゼンはまさに、ビジネスそのものだったからでした。
プレゼンテーションのやり方、内容は、私のビジネスマインドに、グッと響くもので、説明のつかない何かが、私の中に入って来ました。
MLMのリクルートでよく見かける、「貴方の夢は何ですか?成功したいでしょ!お金持ちになりたいでしょう!」とか、「これすっごい製品だよ!」と言うようなソレとは、まったく異なったものでした。
内容は次の様なものでした。
「セス、貴方は御存じだと思いますが、成功するには幾つかの条件が揃っていないと不可能ですよね。」「そうだね」「僕達の意見ですが、ビジネスとして成功する為の5つのキーポイントは、
1) 会社
2) 製品
3) 市場におけるトレンド
4) 市場のタイミング
5) 報酬プラン
と。
それらは、順をおって説明が加えられ、MLMをやるつもりの無い私でも耳を傾けてしまうような内容でした。
ビジネスを起業している私は、チャンスというものがどこにあるかを当然理解しています。マイクロソフトを例にとったとしても、すでに出来上がったものの中に、今、自分が投資しても大きなチャンスは無いことを知っています。
そういった観点から会社のバックボーンの規模やタイミング、製品のテクノロジー、が大切なことは、私は十分理解していました。
だからこそ、この内容がもし、本当であれば素晴らしい可能性があるものだと感じとることができました。この5つの事が全て揃っていないと、ビジネスとしては成り立たない。
しかし、この会社はまさにその5つ全てが揃っていました。
ビジネスとして成功する為の完璧なプランでした。報酬プランも完全なものでした。
これらが事実だとすれば、今迄の、何処にも属さない壮大な延びを予感するものでありました。
しかしそれでも、この日は、話しを聞くという事だけに止め、場を離れました。
私は、自宅に帰り、家内にそのことを話しました。この時点では、家内も私同様答えはNOでした。
しかし時間が経っても事実かどうか気になっていて、深夜までこの会社について調べました。
その結果、彼らの言っていた事は、本当でした。これなら、スタートしても良いのではないかという、自分の中の答えが出ました。そして信頼しているパートナーのキース・ホールズ(その頃、既にニュースキンを引退し、一年以上が経過していました。)に話しました。彼は、「もう少し調べなさい。余りにも素晴らしい内容だから、本当かどうか良く確かめるように」とのアドバイスをくれました。そして、ダイアンシャープ(もとニュースキンのブルーダイヤモンドであり、私とは15年のつき合いのあるベストフレンド)が既にこのシナジーを始めていた事を知り、自分が調べた内容が本当かどうか確認しました。彼女は「本当よ。私たちがニュースキン時代に経験して学んで来た事は全て、この為にあったのよ。いままで不可能だった多くの人の成功がこの会社なら出来るの」と、太鼓判を押してくれました。信頼していた彼女の言葉は、私の中の不安をかき消してくれました。
全ての助言は、先の、5つのステップの「事実」の上に成り立ち、確信を得られるものとなりました。最初は、いやいやMLMを話を聞く事になった私ですが、この日を境にディストリビューターとして活動を開始することに決心しました。



■とんでもない失敗のエピソードありますか?また、そこから学んだことは?

最初の1週間は大失敗でしたよ。MLMに参加した殆どの方が、この時期に自信を亡くして辞めてしまいます。私もそうなりそうな感じでした。リストアップしてリクルート活動を開始したのですが、当初私は、傲慢で自分を自分で高く評価するやり方をやっていました。
自分は、ネットワーク企業に長く勤務していたし、その方面にとっても詳しいから、誰もが僕を尊敬し、一つ返事で着いて来てくれるだろう。。。というような事を臭わせる感じのやり方で話しました。これは大間違いでした。アポをとって、会いに行き、この調子で全て自分で説明していました。自らがツールとなってしまっていたのです。
当然答えは、みんな揃ってノーでした。一番信頼関係のある、母でさえ、聞く耳をもってくれませんでした。
私は、予想を遥かに裏切られ、愕然とし、アップのビジネスパートナー・ダイアンに弱きの電話をしました。すると彼女は、こうアドバイスをくれました。「私にもそういう経験があるわ。大丈夫、諦めないで!セス、貴方は今日、もう一人だけ頑張って電話をしなさい。そしてアポを取りなさい。」と。
最後の勇気を振り絞り電話をしました。そして一件のアポをとりました。慎重派で、まったく興味などないと思っていた友人でしたが、ミーティングに誘ってみたら、まったく予想外に『これは凄いよ!セス!僕もやるよ!』と言ってくれたのです。
これは本当に嬉しかった。ダイアンのアドバイス通り、諦めなかったからこその結果です。これで自信が憑き、エネルギーが復活しました。



■リクルート大成功!と叫びたくなった瞬間はありましたか?

アップラインに最初の連続の失敗から、これではいけないとABCとミーティングを活用する方法に変えました。
そして最初に断られた、友人全てに再度電話をしました。まずは、友人のダン。
彼をダイアンと引き合わせました。プレゼン後、ダンは一旦は帰ったものの、1時間後に、OKの返事をくれました。
そして今度は、忙しい忙しいと言う母に「お母さん!私の母なんだからこのビジネスの話を聞く義務があるのだから来て欲しい」となかば強引にミーティングに誘いました。
母は、「そこまでやらせるの?」と言いい、頑固な頭のまま渋々参加してくれました。しかし結果後に、「これならやってみる」という驚きの電話を貰う事になりました。
そして、キース・ホールズ。
ダイアンと共に、改めてキースにこの話をしに行きました。話して行く中で、意外にも、彼が、世の中の為になる、会社がないだろうかと、ずっと探していた事を知らされました。しかも、経営者の立場では無く、ディストリビューターとして携れる会社を探していたという事を知った時は、まさかと思いました。キースの求めていたそれが、この会社となり、強力なパートナーとして、私と一緒にシナジービジネスに参加してくれる事になったのです。これは、大きな驚きでした。

この方法に変えてから、オセロのように結果がどんどんひっくり返って行き、
最初に断られた3人が3人ともYESとなったとき、本当に叫びたくなるような感激でした。
その時のパートナーは、現在も一緒にがんばっています。
基本通りに進まなかったのは自己流で走った私の失敗。
お願いするべき所をちゃんと活用すればうまく行く事を学びました。



■ネットワークで始めて学んだ教訓などはありますか?

沢山の事があります。このビジネスに出会ってホームビジネスを持つ事の大切さを再確認しました。自分の為に何かを作り上げること、すなわち、将来独立するということの準備をしておく事が大事だということです。例え会社を首になったとしても、一年間は暮らして行けるくらいの預金を持つ準備です。それがホームビジネスを持つ事で出来るようになるんです。その事が本当にわかりました。そして自分を信じる事です。自分の精神力が試される世界です。乗り切った時には、どんな世界でも通用するくらいの強さが養われています。
シナジーで私は、それらを経験として学びました。



■今、ネットワークビジネス(ディストリビューター)は楽しいですか?

本当に楽しいです。楽しくなければ意味が無い。楽しむ事で、もっと成果が出ます。



■どうやってモチベーションをあげていますか?

これは、一日にして出来ることではありません。長い間の積み重ねがあってのことです。何十年に渡って築かれることだと思っています。だから、今迄出来なかった人にも今から築いて行けば必ず出来ます。万里の頂上も、最初は1つの石からですね。
私が成功する前からずっと続けている事の一つに、AFFIRMATION(意味:断言・確認・肯定)があります。
目標やミッションを紙に書き、私がシナジーをやっている事の意味をAFFIRMATIONします。
『家族の為にやっています。』『子供達と、朝でも、昼でも公園で遊べるようにやっています。』『家内といつも一緒に食事が出来るようにやっています。』『自分のチャレンジを乗り越える為にやっています。』」というように、13項目くらいの箇条書きを毎日読み上げます。朝昼晩これを繰り返しました。成功はこの事が自分の中に落とし込めた時に初めて実ります。自分をプログラムする本も読みます。『OG MANDINOThe greatest Salesman in the world』という本は、私の愛読書です。私の子供達も今、この本を読んでいます。人生全ては心の問題です。心の育成です。心の育成に、この本はすばらしいです。最初は誰もが何も無いからこそ、これらを使って自分にプログラミングして行くのです。毎日です。

この本の今日の章は「エモーション」を学ぶページです。
「落ち込んでいたら歌う。悲しければ笑う。調子が悪ければいつもの二倍働く。自分が不幸だと思ったら、不幸で無い自分を想像する、出来ないと思ったら過去の成功を思い浮かべる。」etc等の内容が綴られています。
この本には心の育成に必要な様々な内容のレッスンが入っています。
次の章は「今日を人生最後の日と思って生きる」になっています。
各章を約1週間かけて学び、自分の実生活に当てはめて行きます。
時間をかけて落とし込んで行きます。このようにして私は、常に気持ちを志、高く保っています。
ベンジャミンフランクリンも同じような方法をとっていますね。彼は13の原則を唱えています。1週間ごとに各原則に1つづつフォーカスしていく方法です。
今でこそ本は大好きで沢山読みますが、正直、小さい時はあんまり好きじゃ無くてほとんど読みませんでしたけどね(笑)目的意識が出て来た頃から本を読むようになりました。
裕福な家庭に生まれたわけでも、特別な頭を持っていたわけでもありません。
ただ、いつか自分は変わりたいと思うようになって、それから多くを学びました。
自分もこうして出来たんだからだから、変わりたいという気持ちさえあれば、誰だって自分を変える事ができると私は思います。



■現在どんなグループづくりを目指していますか?また共有して行きたいですか?
  また、リーダーの立場からメンバーにどんな思いを持っていますか?

人生を変えたいと、本気で思い頑張れる前向きな人と時間を共にしたい。
そうで無い人との時間は意味が無い。また、そうなってほしくないです。
私は、「お金の為に働くな。心が死んでしまう。人の為に働こう。
お金はその上に、後からついてくるものだ。」と日頃から思っています。
人を優先して働く事、人の健康と経済を何十年に渡って考えて行けるような企業に私は、参加したいと思います。「後は貴方達の番だからね」って自分が収入が上がった時点で活動を辞めてしまう場合が沢山ありますが、そうでは無く、「頑張っているみんなが成功する迄みんなでがんばり続ける。」
「チームワーク、チームサクセス」これが私が目指している事です。



■メンバーとのコミュニケーションはどうとっていますか?

電話とe-mailが中心ですが、その他、世界中のミーティングに出られるようにしています。
メンバーはアメリカ、日本、タイと大勢います。
今後、韓国、台湾、シンガポール、オーストラリアも入って来ます。
また、カンファレンスコールも利用します。
昨日オプチュニティミーティングとトレーニングをその方法でおこなったところです。
あらゆる方法でコミュニケーションをとっています。
E-mailは好きでよく利用しますが、なるべく直接会うようにしてます。
それからメールのやり取りを行います。これから長野に行き、今晩帰り、明日は大阪に行き、明日の夜には戻ります。



■日本に移住までしたもっとも大きな理由は?

私は、とても恵まれていて、日本に4万人以上のメンバーがいます。
その方達を本気でサポートする為です。目的は大きく分けて二つあります。
一つ目は、キーマンを探しに来ました。新しいラインをつくり出す為です。
すでに素晴らしいリーダーが出来始めています。
私は、みんなが、「出来るだけ出来るシナジー」にしたいのです。
ある程度で満足するのでは無く、より高くステップアップしてもらいたいと思っています。
ですから、出来る限り時間を割いて、バックアップする為に日本に来ています。
もう一つは、このような国際経験をさせることは、価値のあるとだと思うので、家族で日本に来ました。全く初めての国で生活する事がきっと良い経験になると思います。



〜番外編〜
☆ 尊敬する人は?/なぜ?

まず、妻です。
私たちは結婚して現在は5人の子供と暮らしています。
しかし、妻は、私と結婚する前の最初の夫を癌で亡くしています。
結婚7年の時、余命6ヶ月の宣告を受け亡くなってしまったそうです。
その後、彼女は二人の子供抱え、たった一人で育てていました。
そんな心の強さを持った彼女と出会い、ひかれあい結婚しました。
彼女の心の強さや生きる力、チャレンジは凄いものです。
本当に素晴らしい女性で、尊敬しています。
他にも沢山尊敬する人がいます。その多くの人々が、時間を割いて私に教え、接してくれたので、今の私があります。その人々がいなければ今の私は存在していません。
その多くの人の中でも、妻は私に時間を割き、私と言う人間の形成と存在の多くに、影響を与えてくれました。感謝しています。
そして、イエス・キリスト。ガンジーを尊敬します。

ディズニーリゾートラインの駅看板

イクスピアリゲート前広場
千葉県舞浜にあるセスさんの自宅は東京ディズニーのすぐ近く
時間が有ればお子さんと良くいかれるそうです。



☆ 今の夢はなんですか?

夢は毎回毎回見直しています。常に新たに考えなければいけないと思っています。
今の夢は、シナジーを作る事です。家族と一緒に過ごしたいからです。
偉い人でも、貧しい人でも関係なく、シナジーを通して、一つのチームとなって同時に歩いて、成功させたい。
今ここに10人の新たな人がいます。
たった10人。けれどその人達が成功するのは簡単な事ではありません。
新たな成功者は数人とその途中です。まだ残っています。
その人達と手をつないで成功に導いて行きたい。そして、彼、彼女たちにも、私がビジネスを通して味わった、このライフスタイル「自由、時間、お金」をつかめるように彼らと共に働きたい。
それが私の夢です。今の目一杯の目標であり夢です。
私には昔からあまり、物欲が無いほうです。お金は何か世の中に役立つように使えたらと思います。
将来の子供が大きくなったら、今度は家内と夫婦で、また教会の伝導に出たいと思っています。
今度はどこに召されるかわかりません。それがアフリカやソマリアでも、また、ビジネス伝導でも、サービス伝導でも、トイレを綺麗にする伝導でも、例え何であってもできる為には、お金が必要です。
でも、家がタージマハールのように大きい必要はなく、私にとっては、ちょっと素敵なくらいでいいんです。
車も運転出来れば良いんです。
私は本当に人を助けたい。私の名前など忘れられてもいいんです。
けれどlegacyを残したい。それは「自信、希望、信仰、愛、思い遣り」そういった、人間にとって本当の大切な事を「知識」、「知恵」、として残したい。
(知恵と言うのは知識を正しく運用する事です。)
よりよいこの地上、地球、シナジーを通してそれができ、教会を通してそれが出来ると信じています。
その為に私は、今を一生懸命生きながら、挑戦を続けていきます。
セスHモルダー



■ インタビューを終えて

まず、彼の話す日本語が美しい事に吃驚した。
流暢なこの日本語も彼の挑戦の結果の賜物である。
29才という年令だけを聞くと、とても信じられないほどの風格ある人物である。
多くの経験を積んで来られたのだろう。
そして、何度も何度も、「家族と世の中の人の為に」と話されるセスモルダー氏。
私は、彼の夢に感動した。熱のこもった話に、心底そう願っている事が感じ取れた。
彼を一言で表現するならまさに「誠実」そのものである。そんな彼を慕って多くの仲間が今、成功への挑戦を始めている。彼らと共にセスの挑戦は続く。
これからが本当の挑戦なのだと言う事を彼はちゃんとわかっている。

とても美しい奥様、小さなルークン、モデルとして活躍中のキュートなエマちゃん。今回は帰省中で会えなかったが、他にとってもハンサムな大きなお子さんもいて、絵に書いたように幸せそうな御家族である。
そこにセスHモルダー氏の家族への深い愛があることは言うまでもない。
「家族全員が動物が大好き!いつかアフリカに行き本当の象やライオンを見せてあげたい。」
上野動物園で撮った写真を見ながらうれしそうに話しているセスモルダー氏の笑顔がとても印象的だった。


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